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佐賀地方裁判所 昭和36年(わ)80号 判決

被告人 増田達一

明治二一・五・一四生 無職

主文

被告人を罰金七千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は弁護士でも、司法書士でもなく、且つ法定の除外事由がないのに拘らず、報酬を得る目的を以て、業として、昭和三十年一月二十八日から同三十四年六月十日までの間、別表第一及び第二記載のとおり五十一回にわたり、鳥栖市基里町大字飯田一、〇二六番地重松政市外一個所において、重松政市外一名よりそれぞれ請負代金請求及び保証債務支払請求各事件につき嘱託を受け、同人等が佐賀地方裁判所に提出する輔佐人申請書その他の訴訟書類合計五十五通を同人等に代つて作成し、法律事務を取扱つたものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人の主張に対する判断)

被告人は、重松政市は抗州湾上陸作戦の際被告人が負傷したとき救助看病してくれた命の恩人であるから、その恩に報いる意味で同人のために本件の訴訟書類を作成してやつたもの、嘉数ミツは当時近隣であり、生活困窮者であつたので、被告人は同人のために生活扶助の申請手続について助力してやつたこともあり、同人とは親戚同様の交際をしていたので、本件の訴訟書類についても同人を救助してやる意思で同人のために作成してやつたものであつて、いずれも以上のような特別の関係からそれぞれ一個の訴訟事件のみに関して訴訟書類を作成したに過ぎないので、業として行つたことにはならないと主張するのでこの点について検討するに、被告人の検察事務官及び検察官(昭和三十四年六月二十四日附)に対する各供述調書、証人重松政市及び同嘉数ミツの各検察事務官に対する各供述調書によれば、被告人と重松政市及び嘉数ミツとの間には、それぞれ被告人主張のような特別の関係があることが認められ、前記(罪となるべき事実)認定のように被告人が同人等のために訴訟書類を作成したのは各一個の訴訟事件のみに関してであることは明らかである。

しかしながら、弁護士法或は司法書士法が弁護士或は司法書士の資格、欠格事由及び業務執行上の条件並びに義務等について厳格な規定を設け、且弁護士或は司法書士でない者が、法律事務或は訴訟書類の作成等を業として行うことを禁止し、右禁止に違反した者を処罰する所以のものは、法律事務或は訴訟書類の作成等の業務は、他人間の紛議に関与し、或は他人に代つてその権利義務に関する行為を行い、又は書面を作成するものであるから、他人の権利義務の消長に影響するところが大である。

そこで、かかる業務を行う者は権利或は義務をしてその正当に帰属すべきところに帰属せしめ、以て公益に奉仕すべき責務があるといわなければならない。ところが一方かかる業務を法律智識の乏しい素人に自由に行わせることにすると、或は司法事務の円滑な進捗を阻害し、或は利益追求の余り、法律を悪用し、信義誠実乃至公序良俗に反する行為におちいり、ひいては他人の権利義務の帰属を誤らしめる危険性を伴うものである。したがつて、かかる業務を行う者には一定の法律的素養と人格(倫理性)が要求せられ、且その業務を行うについては種々の条件と義務が課せられなければならない。弁護士或は司法書士について、一定の資格を要求し、一定の欠格事由を定めその業務の執行について一定の条件と義務が課せられているのはこのためであつて、弁護士或は司法書士でない者がみだりにかかる業務を行うことを禁止せられているのも右のような危険性を排除するとともに適正な弁護士及び司法書士の業務を保護しようとするものに外ならない。以上の立法趣旨に照すと、弁護士法第七十二条及び司法書士法第十九条第一項、第一条にいわゆる「業とする」とは反覆継続の意思を以て各本条に掲げる行為をなすことをいうのであつて、故に必ずしもその行為は反覆累行されたことを必要とせず、唯一回でも、況んや一個の訴訟事件のみに関するものであつても、また仮に行為者が依頼者との間に何らかの特別の関係があり、その特別の関係が当該行為の動機をなす場合であつても、その行為自体が反覆継続する意思でなされたものと認められるときには、「業として」なされたものというべく、かかる行為は右各本条違反の罪が成立するものといわなければならない。けだし、弁護士或は司法書士でない者が反覆継続する意思でかかる行為をしたときは、仮にその行為が単に一回なされたに過ぎない場合でも、或はたまたまその行為が依頼者との特別の関係を動機としてなされた場合であつても、これを放任することは、結局前記の如き弊害発生の危険があるのみならず、弁護士或は司法書士にあらずしてかかる行為を内容とする業務に従事する者の発生及び増加を防止することができず、適正な弁護士及び司法書士の業務を侵害するに至り、前記の如き厳格な規定を設けた趣旨を没却することになるからである。

しかして、前記(証拠の標目)の各証拠によれば、被告人が反覆継続の意思を以て本件行為をなしたことは明白であるから、被告人の本件行為は前記各本条にいわゆる「業として」なされたものといわなければならない。よつて被告人の主張は採ることができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中弁護士法違反の点は弁護士法第七十二条本文、第七十七条に、司法書士法違反の点は司法書士法第十九条第一項本文、第一条、第二十三条第一項に各該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段、第十条により、重い弁護士法違反の罪の刑に従い所定刑中罰金刑を選択し、所定罰金額の範囲内で、被告人を罰金七千円に処し、刑法第十八条により、主文第二項のとおり換刑処分の言渡をし、訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して、これを全部被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐古田英郎)

(別表、第一、二)(略)

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